使い捨ての時代に抗う。私が「一生モノを自分で守る」という生き方を選んだ理由

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「あ、これ壊れたから買い直そう」

その一言で、長年あなたと共に過ごしてきた「相棒」をゴミ捨て場に送ってもいいのだろうか。

今の世の中はあまりに効率的で、あまりに冷たい。 メーカーの保証期間が過ぎれば「修理代の方が高くつきますよ」と追い返され、最新モデルの広告が「古くなったもの」を否定しにかかる。

だが、私は言いたい。 「直せば使える」のではない。「直すことで、そのモノは唯一無二の『一生モノ』に進化する」のだと。

なぜ、私は手を汚し続けるのか

私が炊飯器のヒューズを換え、バイクのエンジンを割り、ボロボロになった椅子の革を張り替えるのは、単なる「節約」のためではない。

そこにあるのは、モノの構造を知ることで、世界と対等に向き合いたいという衝動だ。

ブラックボックス化された製品に囲まれ、壊れたらブラックボックスのまま捨てる。それは自分の生活の主導権を、メーカーや資本主義に明け渡しているのと同じではないか。

自分の手でネジを回し、断線を見つけ、ハンダを乗せる。 その瞬間、そのモノは単なる工業製品から、私の歴史の一部——「相棒」へと変わる。この手触り感こそが、現代において最も贅沢な遊びであり、最も誠実な生き方だと確信している。

このブログ「もの修理」が目指す場所

このブログに並んでいるのは、単なる「修理のハウツー」ではない。

  • 家電の修理は、日々の暮らしを慈しむための儀式だ。
  • 車やバイクの整備は、自由を手にするための研鑽だ。
  • 逸品のメンテナンスは、本物を見極める審美眼の証明だ。

バラバラに見えるこれらの記事を貫くのは、**「自分の周りにあるものを、自分の責任で愛し抜く」**という一貫した哲学である。

あなたも「直す側」の人間にならないか

もし、あなたの大切なものが動かなくなったなら、捨てる前に一度だけ、私の記事を覗いてみてほしい。

必要なのは、特別な才能ではない。 「まだ一緒にいたい」という少しの未練と、少しの好奇心、そして汚れてもいい軍手だけだ。

失敗してもいい。傷がついてもいい。 自分で直したその傷跡こそが、あなたとそのモノが過ごした時間の証になる。

一生モノは、店で買うのではない。自分の手で守り、育てていくものだ。

ようこそ。使い捨ての時代に抗う、豊かで泥臭いDIYの世界へ。

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